2026年2月18日水曜日

2026.2.6-7【東京遠征】 探しに行こう②

 →第2章つづき

 大場駅でHPTを下車。ここでちょっとだけやりたいことがあるので徒歩で知らない街を歩く。

駅前から伸びる道を三島二日町駅方面へ歩く。割と車通りが多いわりに狭い道なのでかなり怖い。パリダカぐらいに飛ばす軽自動車を避けながら進む。
子会社のバス会社とタクシー会社の本社も兼ねている
伊豆箱根鉄道の本社と工場。少し進むと車両基地と工場が見える。
ED31形電気機関車。もともとは西武の機関車で、1948年に製造され1952年から53年にかけて導入されたものだ。現在は構内の入換のほか、前述の甲種輸送の牽引もしている。ちなみに同型の機関車は全国に導入され、名鉄にも2015年までデキ600形が存在していた。
 なんとなくお気づきだろうがこれからネット上で見た写真の撮影地に向かうのだ。ということで知らない街を歩き、線路の方に向かう道に直感で進む。
ここではない。
けもの道みたいな場所に出てしまった。本当にこれから東京に行く人間の行動か?
そして四苦八苦してる間にようやく到着、撮る予定の電車を1本ぐらい逃した気がする。
すでに先客がいたが線路の向こう側だったので助かった。どうも車で来ていたらしい。俺みたいにHPTで来い。
1本目は7000系の「幻日のヨハネ」ラッピング。これはラブライブサンシャインのスピンオフ作品だ。
なんとなくネット上で写真を見ながらいい感じのアングルを探り、後打ちだがもう1本。
そしてこの後に「踊り子」1号を撮影をして撤収。写真が無いのは別に失敗したとかそういうのではなく、単純に年賀状に使う可能性があるのでネット上に上げないだけである。
それにしても伊豆は暖かい、日本列島を襲っていた寒波も今日だけホリデーのようだ。この冬初めて上着を脱ぎ、来た道を戻って大場駅に向かう。
 小走りどころか普通に全力疾走して大場駅に到着。普通に汗をかいてしまった。もはや春なのかもしれない。

やってきたのは1300系。こいつは見ての通り元西武の新101系で、この編成は西武時代のイエローをまとっている。実は伊豆箱根鉄道は西武グループで、以前より西武鉄道で使われていた車両が使用されしゃりょうのとしょくである青も「ライオンズカラー」「レジェンドブルー」と呼ばれる西武のコーポレートカラーが中心となっている。
そんなわけで三島広小路駅のベンチはこんな感じだった。盛大に屁をこいてやりたくなった。
話を戻して11:00発の修善寺行きに乗車。個人的にこいつに乗っているとデレマスのライブに行くときに乗っていた国分寺線あたりを思い出す。
2月だからか、チョコレートがLED表示機に出ていた

駅は2面3線。1番線はほぼ使われていない。
伊豆長岡で下車。ここはラブライブサンシャインアニメ本編のほか、HPTのミュージックビデオにも登場した。
 ここからは世界遺産の韮山反射炉にアクセスが可能。今回は時間が無いのでパス。それ目当てなのか観光客の姿が目立った。
駅舎と駅前広場。
駅舎にはAqoursのキャラクターが描かれていた。これまでのどの駅よりもラブライブ要素が満載だ。前述のように1898年に南條駅として開業、1919年に伊豆長岡駅に改め、韮山反射炉や伊豆・三津シーパラダイス、伊豆長岡温泉へのアクセス駅としての役割を果たしている。
駅前には「幻日のヨハネ」のラッピングタクシーが停車中。
こっちは果南のラッピングタクシー。これらは伊豆箱根タクシーが運行している。たまにAqoursのライブ会場にこのタクシーで乗り付けている人たちを見たこともある。
バスがやってきた。伊豆箱根バスのAqoursとJR東海のコラボラッピング。(ややこしい)
伊豆には似たような名前の東海バスもあるが、JR東海とは関係ない
この町は思っている以上にラブライブに染まっていた。これも10年近く地道に活動してきたAqoursのおかげなのだろうと思った。
ということで次の列車に乗り込むため駅へ。駅舎内には土産店があるのでちょっと買い物。
「あなた」の上位変換を食べる。食べていたら普通に列車ギリギリになった。
再び7000系に乗車。2編成しかないのにラッピングじゃない方ばかり当たる。
交換相手の三島行きはHPTだった。とりあえず乗れたし撮影もできたし満足かなと思い、修善寺行きに乗り込む。
伊豆長岡を出た後は登り坂を進み、11:45 修善寺に到着。
あっ、ぬいを出すのを忘れていた。ピントはもう見逃してほしい。
とにかくこれで駿豆線は完乗。やりたいことを1つ終えた。
修善寺駅のホームには手洗い場があった、昔は結構多かったのだろうか。
 ちなみに乗ってきた7000系は導入当初、JR線への直通を想定していたために311系と同クラスの車内にJR線内の行先表示などが用意されていた。確かに311系っぽいなと思った。
 駅の外に出てみる。
コンコースはかなり広く、コンビニや弁当屋、観光案内所などがある。

コンコースには鉄道むすめや温泉むすめのパネルも飾られていた。
南口 バスやタクシーが発着していてこっちがメインか

駅前に出たら選挙2日前とあって演説をやっていて結構騒がしかった。
 修善寺駅は1924年に開業。現在の駅舎は2014年に完成した。ちなみに駅名になっている修善寺はここから少し離れている。最初はちょっと寄ろうと思ったのだが距離が離れていたのでやめた。修善寺口とかに改めたほうがいいのではないか?と思ってしまった。

第3章 TOKYO

駅窓口上にある運賃表には連絡運輸の範囲が書かれている。我孫子が端っこなのは臨時踊り子が走行した実績と言われている。

 さて、今回はこの駿豆線で終わらせるわけではなくここから東京に向かうのである。東京に向かう列車と言えば…?
東京行きの特急踊り子4号。さっき沿線で撮影したE257系に乗車する。
実は踊り子に乗車したのはこれが2回目。前回は東京~熱海でスーパービュー踊り子に乗車したことがあるが、ノーマルの踊り子は初めてである。ちなみに今回の旅はすべてこの「修善寺発の踊り子」に乗車するための行程を組んでいた。

 東日本の特急列車の座席はリクライニングの他に座面がスライドするタイプなのだが、これに関しては動いてるのかどうかよく分からなかった。
以前「ふじさん」に乗車したときは泉だったので今回は亜子
 12:35 修善寺を出発。東京まで2時間14分の長旅だ。ここまでゆっくり来た道を戻るように大仁、伊豆長岡、大場、三島二日町、三島田町と停車していく。駿豆線内の特急料金は大人200円、子供100円と割安なので線内利用も居たりするのだろうか。
ぬいを入れるにはちょうどいいスペースだった

 伊豆方面への特急列車の歴史は古く、戦前の1929年に東京~熱海間に準急列車が運行開始したところから始まる。日中戦争、太平洋戦争の激化とともに優等列車は一時姿を消すものの、戦後の1949年に「いでゆ」「いこい」と呼ばれる準急が復活。さらに「あまぎ」「はつしま」「伊豆」など名称が多様化、急行や特急への格上げを経て1981年10月に特急「踊り子」が運行を開始した。
 1990年には前述の「スーパービュー踊り子」が運行を開始、2020年にはさらに高級路線を追求する全車グリーン車の「サフィール踊り子」も運行開始。翌年には長年走行してきた185系から現在のE257系に置き換えられ、現在に至っている。
いずっぱこ、また来るよ。
 三島駅に到着。前述の連絡線を通り、切り抜かれたホームの1番線に入線する。この修善寺発踊り子に乗車したことでJR東海と私鉄を直通する特急全てに乗車したことになった。その後丹那トンネルを超えて熱海に到着。ここでは伊豆急下田からやってくる9両編成と連結。東京まで14両編成で走行する。
E257系はかつて「あずさ」「かいじ」で活躍していた。
修善寺駅でも見たが、停車中の列車に券面の号車が書いてなくて迷っている人をかなり見た。
熱海駅にはLED職人がいるので面白い。
 12分も停車時間があるのでホームに出て連結作業を観察してみることにした。
 伊豆急下田発の編成が到着。在来線の特急で14両編成はサンライズ瀬戸・出雲と同じく日本最長だ。JRにしては結構スムーズに連結が進み13:32に熱海を発車。平日にも関わらず7割ぐらい埋まっていて観光需要の高さを知る。
「踊り子」は全席指定席。座席上のランプの色で空席を判断している。

 ここからは湯河原、小田原、大船、横浜、品川と停車していく。湯河原で静岡県から神奈川県に入りいよいよ関東地方へ。
 唐突だがここで駅弁紹介のコーナー。
今回は修善寺駅構内にある「駅弁 舞寿し」へ。駿豆線に今回行こうとしたきっかけでもある日テレプラスの番組「鉄道発見伝」で紹介されていた。
武士(たけし)のあじ寿司 1700円。
その名の通りあじの寿司だ。個人的にこの手の寿司が入った駅弁に外れはないと思っている。温かな伊豆の車窓を眺めながら美味しくいただいた。
 いつもならビールでも飲みたいが今回はこのあとに予定が控えているため、伊豆長岡駅で購入したJAふじ伊豆のお茶「ふじぃーず彩々」をお供にする。Aqoursのメンバーが描かれたオリジナルボトル缶だったので迷わず購入した。
熱海付近のこの車窓が毎回好きなんだ。

途中サフィール踊り子とすれ違ったり、行き交う湘南電車や京浜東北線を眺めながら進む。多摩川を渡り、品川に到着すると9割ほどの乗客が下車していった。意外に東京駅まで乗る人は少ないんだなという発見をした。
 14:49 終点・東京駅に到着。
到着した反対のホームに特急「ひたち17号」が入線してきた。これに乗れば修善寺・伊豆急下田からいわきまで乗り換え1回でスムーズに行けるということか。
乗ってきた踊り子4号はそのまま回送列車として出発していった。次は下田編成にも乗りたいところだ。ところで踊り子の車両はここから東大宮駅近くにある大宮総合車両センター東大宮センターまで30km近くも回送される。ホームライナーとかで動かせないのかなそれ。
ということで秋葉原まで移動。ミルクスタンドで一杯。
浅草橋にホテルがあるので総武線に乗り換え。
東横インいつもありがとう。
い つ も の
 今回の宿はここにする。少しゆっくりした後に再び秋葉原へ向かった。今回の真の目的のために。

つづく